2015年01月26日

中小企業家同友会の周年に出席してみて

こんにちは植田浩行です。
中小企業家同友会の設立40周年に参加して来ました。

つまらないと感じている会ですが食わず嫌いではいけないと思い参加した次第です(笑)

結論から行くとやっぱり「違和感」を覚えます。
溶け込めない自分。。。。。まだまだ修行が足りないようです。

JCが染み付いてしまっているせいもあるのかもしれませんが馴染むまで時間が掛かりそうです。

基本、「今」を大切にしている自分、「企業」がすべてではない自分との闘いなのかもしれませんし
もしかしたら生きるフィールドが少しずれているのかもしれません。

でも意見、考え方の違う人も受け入れることも大事だしそこから学ぶことがあると信じています。
一応、頑張ってみようかと思いますが。。。

てな週末でした!

応援、よろしくお願いします!!!!!
posted by はいでん at 20:25| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

生き様のお話し

みなさんこんばんは。お忙しい中、本日も出席を頂きありがとうございます。

まずは御岳山噴火に伴い卒業生の増田さんはじめ犠牲になった方々のご冥福をお祈りするとともに王滝に対しPTA、生徒会と義捐金活動を行っていただいていることに感謝を申し上げます。
また御中の親子講演会お疲れ様でした。まさに受験を控えた3年生、また部活等に活用できる大変有意義な講演会だったと思います。その後、個人的にですが講師の佐藤さんともメールのやり取りやFBと通じて交流をしています。
そこでの会話ですが「このような能力UPに関してはぜひ指導者、保護者が積極的に行わないと子供たちの無限の力は発揮できないですよねって」お互いの共通認識として話をしました。
前にもお話をしたと思いますが、人生にいて多感な時期に子供たちの多くは親の立ち振る舞いを見て現実社会、物事の判断基準を学んでいき成長していきます。そして、これから受験を迎える3年生はあと5ヶ月もすれば義務教育を終えて晴れて、「選択」という自由を手にします。言い換えれば勉強はしなくてもいいし、法律やルールを守れば、まあ親が良しとすれば何をやってもいい。だから私たち保護者がしにゃあいかんし、子供たちが「二本足で立ち、生きる」ってことを「生き様」を教えてあげないといかないなってつくづく思います。
まあ固い話になりましたが、私たちも後半戦、任期が後5ヶ月弱なので少しづつですが、私が青年会議所等で学んできた中から、PTA会長として皆様にメッセージをお伝えしようと思います。

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「大人として」・・・・新聞投稿文

 親子講演会お疲れ様でした。まさに受験を控えた3年生、また部活等に活用できる大変有意義な講演会だったと思います。その後、今回のご縁で講師の佐藤さんともメールのやり取りやFBと通じて交流をさせていただいています。
そこでの話ですが「このような能力アップに関しては、ぜひ指導者、保護者が積極的に学び、行わないと子供たちの無限の力は発揮できないですよねって」お互いの共通認識として話をしました。
前にもお話をしたと思いますが、人生にいて多感な時期に子供たちの多くは親の立ち振る舞いを見て現実社会、物事の判断基準を学んでいき成長していきます。そして、これから受験を迎える3年生はあと5ヶ月もすれば義務教育を終えて晴れて、「選択」という自由を手にします。言い換えれば勉強はしなくてもいいし、法律やルールを守れば、まあ親が良しとすれば何をやってもいい。だから私たち親がしっかりしなければいけないし、子供たちが「二本足で立ち、生きる」ってことを「生き様」とは何かを教えてなければいけないと思います。固い話になりましたが、私が活動をしていた青年会議所時代の人生の先輩(2009年度 会頭 安里さん)から「大人として」というメッセージを頂いたのでご紹介したいと思います。

あなたは「大人として」子どもたちに自分の言葉で生き様を語れますか。
教育とはまず親が子供に対してすべきことです。親が子どもに何かを伝えるとき、そこには、我が子への深い愛情と、命がけで守り抜くというつよい信念と、それを裏付けることのできる実行力が伴っていなければ説得力はない。まずは「自分は我が子に対して説得力のある親であるだろうか?」そんな自問自答が必要だと考えます。
我々はきちんと親孝行をしているだろうか?
我々が自分の親に対して敬意を払う姿勢からしか、子どもたちは、親孝行のなんたるかを学ぶことはできないだろう。同様に、大人の背中を見て、そこに憧れや偉大さを感じなければ、子どもたちは、生きることの目標を見失うに違いない。
最小限のコミュニティである家族の中で芽生える「家族愛」の尊さをはじめ、地域で伝わる伝統や文化と共に、そこに生きる喜びを表す「郷土愛」、そして祖国を想う素直な心でアイデンティティを育むことの大切さを説く「国家愛」を、自分の言葉で語れない親であっては、あまりにも悲しすぎる。
ある統計によると、「規則や法律を守ると損をする」と考える中高生が 73パーセントもいる。このことは、我々大人を映し出す鏡だと真摯に受け止めなければなない。
教育を考えるにあたり、教育者を含めた我々大人は、子どもたちにどんなメッセージを送れているのだろうか。それが、子どもたちにどのように伝わっているのだろうか。 
教育とは、子どもたちをまっとうな大人へと育むことであり、あるべき大人の生き様を伝えることである。大人はその背中を通して、伝統や文化の大切さ、愛する者を守ることの尊さ、生きることの素晴らしさを伝えなければならない。
そこから、子どもたちの心に感謝という気持ちを芽生えさせ、自然環境を守ることの大切さ、先人達を敬う豊かな心、祖国を想い、世界の平和を求める当たり前の思想を形成する。そんな説得力のある大人の背中を見せ続けることこそ、今の我々に求められている最大の責務というべきでないか。

posted by はいでん at 19:56| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中田厚仁さんのお話し

「だけれども、僕はやる。この世の中に誰かがやらなければならない事がある時、僕はその誰かになりたい」

■1.I am dying■
 "I am dying"(私は死んでいきます)という荘重な言葉を最期に、中田厚仁さんが、25年の短い生涯を終えたのは、今から5年前の平成5年4月8日、場所はカンボジア、コンポトム州であった。中田さんはUNTAC(国連カンボジア暫定統治機構)のボランティ
アメンバーとして、総選挙実施の支援活動をしていた途中、何者かに、至近距離から2発撃たれ、一発の銃弾は左側の頭の後ろから左目に貫通したのである。
20年もの内戦の続くカンボジアでようやく停戦合意が成立し、総選挙を実施する事になった。中田さんは選挙について説明をするため、各地を廻っていた。武装解除に応じないグループもあり、また国土には1000万発といわれる地雷が埋設されている。その中
でも最も危険なコンポトム州に自ら志願した。悪路に次ぐ悪路で、車で行けなくなると、川に出てフェリーで行く。フェリーが駄目になるとカヌーを漕いでいく。それでも行けなくなると、2時間以上も泳いで村々を廻ったという。

■2.投票箱の中から感謝の手紙■
 奇しくも中田さんの49日の法要と同じ日、5月23日に総選挙が実施された。中田さんが担当した地域の投票率は99.99%、カンボジア全土の90%を遥かに超えていた。投票箱を開けてみると、投票 用紙の間から、手紙がいくつも出てきた。その一つはこう語ってい
る。
今まで民主主義とか人権とかいう言葉に触れることなく、一生戦争のなかで、暮らさねばならないのか、と思っていたけれども、こうやって初めて自分たちの意思が表せる選挙ができ、こんな嬉しい事はない。ありがとう。

■3.僕たちの国の福祉もパンだけであってはならない■
 厚仁さんは、昭和43年に生まれた。仁は慈しみを持って、人を愛する心、そういう心の厚い人になって欲しいと両親は願って、 厚仁」と名付けた。
 商社マンだったお父さんとともに、小学校時代をポーランドで過ごし、お父さんに連れられてアウシュビッツの収容所も訪れている。そこで感じた事もあったのであろう。中学一年の時に「ポーランドの福祉」という文章を書いている。

僕は今思います。ポーランドの人たちは、福祉というものをお金持ちが貧しい人に施しをするようなものだとは決して考えていない事です。その考えの底に強く流れているものは、自分たちよりも力の弱いものに対する暖かい思いやりのある心です。 ・・・ 
それは、 ポーランドの人たちが戦争という不幸な体験の中 で、多くの同胞を失い、財産を失い、生きていくために必要な最低限度のものさえ失った中にあっても、決して失わなかったものです。・・・
僕が見てきたポーランドの人たちはこう言っていました。
「人はパンのみにて生くるにあらず」。僕は今強く思います。
僕たちの国の福祉もパンだけであってはならない。

■4.厚仁さんの示したもの■
 遺骨を抱いて、帰国された父・武仁さんから、「政府は、あるいはUNTACはどう責任をとってくれるのか」というような恨みつらみの言葉を聞き出そうとした放送局のインタビュアーもいた。しかし武仁氏は、息子の死に対して、誰かに責任を求めるような言葉
一つ吐かず、逆に次のような手記を残された。

 厚仁のからだは白い布に包まれ、とどめを刺された一撃である後頭部から左目に貫通した銃弾の痕も、それと分からないように包帯で包まれていました。母親がせめて手だけでも握ってあげたいと申しまして、恐れおののきつつ白い布を解きますと、厚仁の手は胸のうえで合掌するように組まれていました。この姿を見たとき、私には、厚仁が私たちの息子であるというようりも何か崇高なものであるような気がしたのです。・・・

息子ではありますが、気だかい人間性の発露、人間の尊厳を見たような気がして、もう厚仁は私たちのものなどではなく、たいへん気高いものになったという感動を覚えました。・・・

信ずるもののためには命を捧げても行動する、という崇高さを持った人間を示してくれたことが、厚仁の救いであると思います。貴いもの、崇高なものが人間の中にはあるということを信じさせてくれた事が。

 「今でも深夜や朝方には、耐え切れず、泣き叫ぶことがある」という親としての悲しみと、息子の気高い姿に人間として感動するという事は、ともに真実の思いであろう。

■5.なんであなたがいかなければならないの■
 カンボジアへのPKOに参加した日本人は数多い。自衛隊からは、総勢約1800人、また文民警察として75人の警察官が派遣された。そのうちのひとり高田警視も命を落とされている。自衛隊の伊丹のある部隊では、PKOへの志願が定員の30倍に
も達したという。
「日本の代表としてしっかり活躍したい。同じアジアの国の発展に協力できる事がうれしい」(陸二曹28才)
「当初は両親にも反対されましたが、国際貢献のためだからと必死に説得した。」(陸三曹30才)
 派遣の一ヶ月前、長男が生まれたばかりの妻は、夫(陸三曹)の派遣が決まった時、「なんであなたがいかなければならないの」と泣きながら訴えたという。
「私が泣いた時、主人はじっと黙っていた。恐らく辛かったのでしょう。生まれたばかりの子供のそばにいてもらいたい。今でも行って欲しくない。」
 危険な地雷処理をしても、その手当は1時間で缶ジュース1本分、家族への電話代、1分千円前後の通話料も、自己負担だという。そういう悪条件にもくじけず、カンボジアに赴いた青年達の気持ちは、中田厚仁さんと変わるところがないであろう。

「なんであなたがいかなければならないの」という妻の訴えに答え
るのは、中田厚仁さんの次の言葉だ。

だけれども僕はやる。
この世の中に誰かがやらなければないない事がある時、僕は、その誰かになりたい。

2年後、厚仁さんが殺害された場所に人が集まってきて自然に村が出来ました。
村人たちは厚仁さんの温かい人柄や献身的な活動や無念の死を悼み、感謝を歴史に残そうと、村の名前を「アツ・ビレッジ」と名付けました。正式には「ナカタアツヒコ・コミューン」。しかし、この新しい村の誕生直後に大洪水が襲います。それを知った武仁さんは日本全国で募金を呼びかけました。そして村人に「このお金を村の人たちの食糧を買う足しにして下さい」と言って渡しました。村人は喜んで受け取りましたが食糧を買いませんでした。
「私たちは文字通り喉から手が出るほどお米が欲しい。お腹を一杯にしたい。しかし我慢する。私たちはナカタ・アツヒコさんが世界市民として生きられたその志と、日本の皆様の温かい心を私たちの子どもや孫に伝えたい。そのためにナカタさんが息を引き取られた地に学校を造りたい」とその寄付金で学校を建てたといいます。厚仁さんの教えがこの村人達に受け継がれていたのです。

厚仁さんの残した言葉が「だけれども、僕はやる。
この世の中に誰かがやらなければならない事がある時、僕はその誰かになりたい」

posted by はいでん at 19:53| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【頭の回転が速い】といわれる人の共通点とは?

【頭の回転が速い】といわれる人の共通点とは?
急に何かを言われると、モノゴトを理解して答えを出すために数秒かかってしまう…。
多くの人はそんな経験をしたことがあるのではないだろうか。
しかし、何を言われてもすぐに返すことが出来る。突拍子の無いことでも、自分なりに意見をすぐに言える。そんな人々に出会ったことはないだろうか?
俗に言う《頭の回転が速い人々》だ。
彼らはナゼ周りの人よりも頭の回転が速いのか?共通点は彼らの日常生活にあった…。

普段の生活、あなたはどのように過ごしているだろうか。

朝起きて支度をして、ショッピングをしたり友達とランチをしたり、はたまたカフェで読書かカラオケなどに行くのだろうか?
頭の回転が速い人々もあなたと特に変わらない生活を送っている。いわゆる一般的な生活だ。しかし日常生活に取り入れている小さなことが、2つの間に大きな違いを生んでいる。
しかもこれは、意識をすれば誰にでも出来るようなことだ。誰もが頭の回転が速い人になれる。

ではその小さいこととは?

それは、を考えているかどうかだ。

『疑問が脳を強くする』

この疑問は脳を強くする。自分に「ナゼ?」と投げかけることで人は考え出す。この「思考すること」によって脳は鍛えられる。頭の回転が速い人は、日常生活にを取り入れて日頃から考えることを習慣化させている傾向にあると思われる。

例えば、渋谷のとある8Fのカフェに行ったとする。閑散とした店内に数人のお客さん。ここで「ナゼこのカフェは人が少ないのだろう?」「数あるカフェの中で、ここに来たお客さんは何を求めているのだろう?」という質問を自分に投げかける。そうすると人は答えを考え出す。「カフェにはふと寄ることが多く、そうすると立地的に8Fに行くことは珍しい。だから店内が閑散としている。」「全席禁煙のカフェが増えた中でここは喫煙可能なカフェであり、そのせいもあってリピーターとして来るお客さんがいるのではないか。」など、無数の答えが浮かび上がる。

がしかし、大事なのは[答え]ではなく[思考]というプロセスが大切なのだ。
センター街にあるチーズケーキ専門店はナゼ人気なのか?
渋谷にはナゼ系列店が集中しているのか?
ナゼ電車の中で寝ている人が多いのか、また自分はナゼ寝ないのか?
この思考量が脳に柔軟性を与える。そうすることで、経験という1つの引き出しを思考により10コにも100コにも出来るのだ。
だから、色んな話に応用出来る。

常にがあるからこそ、経験していない出来事に対しても、自分が経験した似た出来事から当てはめていくことが出来るのだ。

『多くの人はWHYを考えない』

多くの人はだけで完結させる。
何が欲しいからどうする。」
何をしたいからどうする。」
この2つだけで終わる。もちろんも重要なのだが、

1番大切なのはなのだ。・・・・・・「ナゼそれをやるのか?」

ナゼとはモノゴトの根幹であり、それを理解せずには本質を突くことは出来ない。本質を突けないと小手先の技術でその場しのぎくらいしか出来ず、深みのある思考は出来ない。
しかし、そもそもの教育方法として効率化のために<ナゼ>を考えさせないように出来ていると思われる。マニュアル化され、言われたことをやる。その単純作業に思考は不要だ。
「この課題をやってきなさい」その後に「何故ならその課題は○○で役に立つから」と聞いたことがあるだろうか?
「この職務に就きなさい」その後に「何故ならその職務はあなたの○○が合うから」と聞いたことがあるだろうか?
思考停止状態で、言われたことを素直にやる機械と同様だからを考えない人材は扱いやすい。
だから思考量が圧倒的に足りなく、頭の回転が遅いと言われるのだ。

『ナゼ?は好奇心という感情の思考化』

頭の回転が速い人は好奇心旺盛だ。未知に対して興味を持ち、無知を知に変えるために行動に移す。好奇心は「ナゼ」という言葉から始まる。つまり「ナゼ」は好奇心という感情の思考化とも言える。好奇心旺盛な人の方が世の中のモノゴトに疑問を持ちやすい、ということは『頭の回転が速い人々』は好奇心(自分の本心)に対して従順なのだ。

そして思考することの良いことは、『未知に対して自分の知の中から答えを導く』ということにある。頭の中にある知識を組み合わせて答えを導き出すことで、脳に刺激を与えて活性化させ、柔軟にする。その知識を組み合わせることの応用が色んな場面で使われる。そしてそれを習慣化させれば応用力がつき、どんな未知に対しても瞬間的に脳の引き出しを開けて組み合わせ、1つの【自分の回答】を生み出すのだ。

誰しもが持っている好奇心を如何に自分の未知に対して働かせ、思考化できるかが『頭の回転を速くする』ために必要不可欠な要素になるわけだ。
posted by はいでん at 19:51| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

PTA会長の挨拶

「楽しく笑顔で!」  PTA会長 植田浩行

始めに総会への多数の出席ありがとうございました。
総会も無事に終了し、いよいよPTA活動の本格的なスタートです。スタートに当たり本年のテーマとして「楽しく、笑顔で!」としました。皆様1年間の積極的な参加とご協力をお願いします。

さて、教育には5つの側面があるといわれています。共に学び育つ「共育」協力して育てる
「協育」競わせ育てる「競育」強く育てる「強育」親を見て育つ「鏡育」です。まさに5つの要素すべては子供たちのために先生と保護者が共にお互いが楽しく笑顔で力を合わせてPTA活動を行うことで成果を上げることが出来ると信じています。

人生にいて多感な時期に子供たちの多くは親の立ち振る舞いを見て現実社会、物事の判断基準を学んでいきます。保護者が子供たちの学校生活に積極的にかかる事、私たちの立ち振る舞いが楽しく笑顔であればきっと子供たちにその思いは伝播し成長してくれると信じています。そして役員の皆様には我々保護者もPTA活動を通じてちょっと無理してみようとお伝えしました。

今までの生活の中にPTA活動の時間を割くわけですからどこかの時間を削り今まで自分がしていたことを人に頼み時間を捻出しなければなりません。今までの行動を変えることにより新たな発見と出会いが自分自身の成長に繋がります。我々保護者も常に勉強し成長が必要だと思っています。

かけがえのない時間を自分づくりから始めPTA活動を楽しく笑顔で始め楽しく過ごしましょう。

1年間ご協力のほどよろしくお願いします。
posted by はいでん at 19:48| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする